| フラウ・ボゥは専用エレベーター前に集まったコロニーの避難民達の壁に埋もれながら焦っていた。 普段通りに起きた彼女は、普段通り両親と食事をして身支度を終えた後、すっかり世話役となってしまった友人宅に向かうため、家を出た。日常的な生活能力が著しく欠けている彼のことを心配して暇があれば顔を出し、食事を置いて散らかった部屋を片付けて、清潔にしているかを確認した。おっとりとした性格故なのか、フラウの言ったことを直ぐに忘れる彼の背中を言葉で押しながら、補給艦が着いたドッキングベイに何とかついた。混雑する中配給品を揃えていたときだった。奇妙な音が響き渡り、友人が今までにない鋭い声でエレカに乗れと言ったのは。 そこから、彼女の日常は崩れていた。 何もかもが悪夢だと思いたい。全てが現実だと、思いたくない。母が、沢山の人が粉々になってしまった場所に蹲っていたかった。けれど、動かなければ死ぬのだと、彼、フラウ・ボゥの友人、アムロに頬を叩かれた。だから走った。走って、拾われたエレカで見知った小さな友人達と再会を果たせたのはきっとアムロの言葉があったからで、駆け寄ってきた小さな三人の体を抱きしめながら、フラウはぎゅっと眉間に皺を寄せて思ったのだ。 −この子達も、安全な場所に避難させなければ。生きるために 巨大なコロニー内部で戦闘が行われているのだと知ったのは、つい先程だ。集まった誰もが口々に囁き合いながら、我先にと押し合って安全な場所に行こうとしていた。 「ほら、もう直ぐだから、頑張って」 三人とはぐれないようしっかりと繋ぎ止めながら、フラウ・ボゥは励ました。黒髪のカツが強ばった顔になりながらも必死に頷き、くせ毛の強い褐色肌のレツは必死に周りを見渡している。そして、大人ぶるのが大好きなキッカは、くしゃくしゃに顔を歪めて涙を流していた。 彼らの両親の姿は、エレカからなかった。それがどういうことか、今は考えない。フラウ・ボゥは軽く頭を振り、民間人を運ぶエレカに三人を乗せるため、立ちはだかる人垣を掻き分けようとした。 「くそ、どけよ!邪魔だ!」 意思を持って肩を掴まれたのだとわかったときには既に遅く。華奢なフラウ・ボゥの体は容赦ない力で押しのけられた。 「あっ!?」 「フラウお姉ちゃん!」 カツの悲鳴が聞こえる。此処で倒れたら、無我夢中の大勢の足に踏み潰される。片隅で思いながらも倒れる体を止められるほど、余裕も反射神経も良いはずがない。ぎゅっと瞑った瞼の向こうに、最後に見たアムロの顔がちらついた。 だが、覚悟した衝撃が一向にフラウ・ボゥの体を襲う気配がない。それどころか、背中が温かい。 そっと瞼を押し上げた先にあったのは、聞こえてくる怒声や悲鳴に似つかわしくない、他人の顔だった。 「大丈夫だね」 低くもなく高くもない、安定した声がフラウ・ボゥを気遣うように降ってくる。地面に倒れかけた体を、背後から支えてくれたのだ。唖然としながらも、今此処が修羅場のようになったエレベーター前なのだと気付くと、直ぐに意識は戻った。 「は、はいっ。すみません!」 体を起して、幼い友人達の姿を確認する。フラウ・ボゥの足にからみついて離れない彼らに胸を撫で下ろした。 危なかった。 「この子達のお姉さん?」 助けてくれた青年、少年なのか?自分と同い年ほどの彼は、きょろきょろと見回している。 冷静な、落ち着いた横顔だ。 「いえ、違います・・・あ、でも今はそうかも」 曖昧なフラウの答えにしかし彼は何も言わず、ちらりと見下ろしてきた。真っ直ぐな、奥深い澄んだ瞳と、整った顔。場所を弁えず、とくんと胸が高鳴って戸惑ってしまった。フラウが気にするのはもっと別の、手のかかる友人のはずだ。 「それじゃあ、この子達をあれに乗せようか。臨時のお姉さん」 顎で指された方を見ると、到着したエレカの荷台に次々と人が乗り上げている。慌てる様子もなく、ひょいとカツを抱き上げ、レツにしっかりお姉さんに掴まってろと言い含める彼と視線が合う。小さく頷かれた後、励まされるような微笑はフラウ・ボゥのざわざわとした心を落ち着かせるには充分だった。 「あんたたちのお母さんはあとで捜してあげるからねっ!」 三人に言い聞かせるように言った後、彼等を乗せた荷台は走り去っていった。動く直前にカツに守られるようにして抱かれるキッカの頭にそっと手を触れ置いた彼は、言葉なく笑顔を向けるだけで見送っていた。 フラウは乗れなかったが、次に来るエレカで軍艦に乗り込めばまた三人とも再会できる。死なない。守ることのできた命に満足して息を吐き、隣にいる頭二つ分と少し高い長身の彼を見た。一時的な喧騒は既に静まっていた。 「あの、本当に有難うございました」 心からの言葉と同時に深く頭を下げる。非常事態で、自分のことしか考えられないのが当然だという只中にあって差し出してくれた手は希望そのものだ。誰かわからないが、その手の力強さが何よりフラウを安心させた。 「ちっさい子達だからね。礼なんて必要ないよ」 穏やかな声で頭を上げるフラウはようやくそこで彼をじっくりと見ることが出来た。やはり整った顔だ。瓦礫の山を歩いてきてそこら中汚れているだろうこちらとは違って、彼の着ている服は驚くほど綺麗だ。 無我夢中で歩き、そこかしこが汚れているだろう服が恨めしくなってしまう。短く切られた髪だが、左肩にだけ筋のように肩まで伸びている髪が紐で括られているのが印象的だ。そして、穏やかな物腰も。外見で言えば、同世代だと察しが着くのに全てが大違いだった。 「でも」 「非常事態なんだから、助け合って当然。気にしない」 肩を縮めて笑み、それ以上言わない、と示す彼に、フラウは目を瞬いて彼を見た。 そして、促される様にはいと言うと、ようやっと笑うことが出来た。投げられた力の抜けた笑顔は腹が立つよりも安心感がある。それまで無意識に力んでいた肩がすとんと落ちたように感じられて、場違いなほどに気持ちが落ち着いた。落ち着かされた。 「そこの、話しているお二人!」 突然、凜とした一本の芯が入ったような女性の声が上から降ってきて、思わず顔を上げた。 「包帯くらいなら巻けるわね!?手伝っていただきたいわ!」 備え付けの梯子から、綺麗な金の髪を棚引かせて、女性は見下ろしてくる。ぴんと張った背筋と、梯子の途中で留まっている姿はまるで女戦士だ。最前線で、兵隊を指揮する司令官。そんな言葉がぴったりと当て嵌まる。 −綺麗な人 純粋に感じながら、フラウ・ボゥははいと返事をした。そして同じく彼を見ると、わかったと答えている。 落ち着きのある声だ。だが、片手を上げて答えるそこに厚手のグローブがあるのに気付くと、フラウ・ボゥは頭を傾げた。 違和感があった。 「行こう」 「は、はい」 促す彼に応じて梯子に向かう。両手に嵌められた手袋、作業用のグローブを更に厚くしたそれを見つめる。手が怪我をしないようにと思ってのことだろうかと適当に考え、直ぐに意識を手袋から外した。それどころではなかったからだ。 「参ったねこりゃ」 小さく呟かれその一言に、意識を外したフラウが気付くわけもなかったのである。 next back |