| 赤の十文字が大きく描かれた救急車に乗り込んで、飛び出したのは廃墟となった街だった。それは今いる場所が地上ではなかったのだと言うことが、改めて思い知らされた瞬間でもあった。街が筒状なのだ。細長い、とてつもなく巨大な筒の中に街がある。奥の奥、家々が立ち並ぶ更に奥は大規模な工事をしていたのか、建築機材やらが放置されていた。 −なるほど、作りかけってこと 二人が交わした少ない会話を黙って聞いていく中で、ここが【サイド7】で【コロニー】という所にあるらしいのはわかった。だが、わかったところで更にの思考を混乱させたのはいうまでもない。 【サイド7】という場所も【コロニー】という地域もなかった。コロニーは別の表現で呼ばれていたが、そこは少なくとも此処程に整然としていなかったし、清潔感溢れる雰囲気でもなかった。何よりコロニー自体が小さすぎる。 洒落にならないかも、とが複雑な、蛙が顰めっ面になった表情になるのは至極当然の反応かもしれない。勿論、前を見据えていた二人が気付くことがない上で、だったが。 救急搬送用のエレカはそれなりの広さがあって、これなら金髪の女性が言っていた通り取り残された人たちをある程度まで運ぶことが出来る。ただ、時間の都合上何度も往復するのは出来ないらしい。おちおちしていると、自分たちまで置いて行かれるかもしれないからだ。 「怪我をして動けない人、逃げ遅れた人はいませんか!?」 マイクを使って呼びかけるフラウは助手席だ。そしてハンドルを握っているのは金髪の女性。は区切られた後部スペースから上半身を出し、二人と同じように外を見つめている。主要任務は力仕事だと言われた。怪我人がいれば、必然的に男手が必要になるからだ。 「逃げ遅れた人、いませんかぁ!いたら大きな声で返事をして下さぁいっ!」 悲鳴に近い声が響いている。あちらが気付いても、此方が気付くかどうか。スピーカーで必死に声を上げるフラウの髪をちらりとは見た。 「…せめて、手を振るとかのアクションをしてくれれば見つけやすいんだけどね」 「そうね。声だけではスピーカーで掻き消えてしまうでしょうから」 呟きに答えてもらう期待はなかったが、予想外に金髪の女性が深く頷いて同意を示してくる。としてはフラウが答えてくるかと思っていたのだが、彼女は周囲に呼びかけることで手一杯らしい。 「誰か、誰かいませんかぁ!」 必死だというオーラが背中から全身に発せられていて、余裕がない。証拠に、折角ドッキング・ベイで落ちた肩が過度に上がっている。は小さく苦笑を滲ませると、息付きのために声を途切れさせたフラウの背中を、ぽんと叩いた。痙攣を起したようにビクリと跳ねたフラウは、勢いのままに顔を向けてくる。怒りとも言い難い表情だが、わかるのは彼女の真面目さだ。 「驚かさないでくださいっ」 「呼びかける方が混乱しててどうするのさ」 出来るだけ穏やかに言うと、フラウははっとしたように両目を見開いた。小さなくり抜き型の窓から手を出すのは、のサイズでぎりぎりだ。それでも、はまた背中を叩く。今度は肩をびくつかせることもなかった。 「深呼吸して、無理かもしれないけど出来るだけ頭を落ち着かせて。気が張ったままじゃ、聞こえる声も聞こえなくなるし、見えるものも見えなくなる」 「…はい」 「大丈夫。見つけられるし、助けられるよ」 ほら、とスピーカーで呼びかけることを促す。フラウは深く呼吸を繰り返したまた声をかけ始めた。 「逃げ遅れた人、怪我をして動けない人はいませんか!」 悲痛な、がちがちで強ばった感が抜けた声は落ち着いたものになっていた。の所からでは顔は見えないが、少しは違くなっているだろうと思いたい。 苦笑をそのまま、小さな視線を感じてそちらを向くと金髪の女性が横目でを一瞥してくるのとかち合った。一瞬で逸らされてしまった視線に込められていた感情をはかることは出来なかったが、悪いものではなかった、と思う。なまじ整った顔の女性から向けられる視線は少々苦手だ。 流れていく景色を、人がいないかを確認しながら眺める中、車内で交わされる会話はない。自身、少々余裕がないのが本音で、必死に平静を装った表情の下で大いに暴れようとする感情は【混乱】だった。 −ほんと、此処どこよ 記憶にない場所。記憶にないコロニー。そして繋がらない記憶。整理がつかない事態。自分がいるべき場所を確保することが難しい状況は、の認識度をますます遅くさせる。全身で混乱を現わさなかっただけでも、自分自身を誉めたくなる。 「あっ、あそこ!人が!」 喜びの声を上げたフラウに反応するように、と金髪の女性が視線を向ける。エアカーの走る道路の先で、人が大きく手を振って存在を示していた。生存者だ。 「良かった」 フラウの呟きに、も考えていた全てをひとまず置いて、そうだね、と返した。今の境遇に悩むより、現状に対して素直に喜ぶべきだと切り替えたからだ。その後、順調に取り残された生存者をエレカに乗せられるだけ乗せることが出来た三人は(力作業はほぼの独壇場だ)、ドッキング・ベイにエレカを引き返した。 途中、金髪の女性の予想外な活躍が見れたことは、幸運だったのか不幸だったのか。いかにも柄の悪い二人組が、事情を聞こうと近づいたフラウに絡もうとした瞬間、彼女は容赦なく拳銃を発砲したのだ。 静かな迫力を見せつけるその後ろ姿に、エレカ内にいたは思わず『お見事』と感嘆の声を上げて小さく拍手を送る。が、それを見た何人かも同調して拍手をしたのには苦笑が浮かんでしまった。誘発した訳じゃないのだが、誰もが同じように思ったらしい。戻ったフラウと金髪の女性が訝しげな顔でを見てくるから更に困ったのだが、出来るだけ顔に出さないよう迎えてみせた。演技は得意だ。 「何か、後ろ、拍手してたみたいですけど…」 「あぁ、みんな気持ちがシンクロしたんだろうね。誰だってああいう連中と一緒にはなりたくないから」 素知らぬ顔でとってつけた一言は納得させることは出来なくとも続く科白を奪うことは出来たらしい。スタートした後、は置いて行かれた男二人を一度も見ることはなかった。 「宇宙のチリとなってしまえばいいのです」 その言葉に、困惑気なフラウを一瞥するとは俯き加減で小さく笑みを刻んだだけだった。 next back |