| ルナツー基地のドックに入港したらしい。 それを知ったのはアムロの私室から出て、通路の空いていたスペースに座り込んでいたときだった。一体どこで誰と会っていたのか、全く姿が見えなかったアランがひょっこり出てきたのである。 「なんだ。こんな所にいたのかの」 外見年齢は随分齢を重ねているというのに、背筋はぴんと伸びて立つ姿勢もしっかりしている。色々と苦労してきたのだろうか、と考えつつ立ち上がろうとすると、それを見ていたアランは若いモンのくせにだらしないの、と呟いていた。若いモンでも座りたいときはある、とは心の内での感想だ。 「どこに行ってたんです?一応探してたんですけど」 「一応か、また投げやりだの」 「えぇ、まぁ艦内ですし。宇宙に飛び出るなんて真似は有り得ないだろうなぁと」 「…お前さん、淡泊だのう」 すました顔でが答えると、切ない顔でぐすんと鼻を啜っていた。相変わらず、軽い、というよりアホなやりとりは健在らしい。演技かかった仕草を続ける白髪の彼に軽く笑うと、落ちてしまった肩を叩いた。 「嘘ですよ。でも、探してたのは本当です。何処に行かれたんです?」 食堂で別れる間際、知人に会う、と言い残していた。あれから一度も姿を見かけなかったと言うことは、会えなかったわけではないだろう。寧ろ話し込んでいたと考えるのが妥当だ。だが、アランは小さく肩を縮めて溜息を落としただけで何も答えなかった。拒否が見え隠れするのがわかり、としてもそれ以上の追求を止めた。 「今どこら辺なんでしょうね」 態とらしさが残るが、話題を変えるために矛先を変更する。アランは演技かかった泣き顔を引っ込めて僅かに考える仕草をした。 「…聞いておらなんだかの」 「今、ちょっと話し込んでたので」 話しを誤魔化した彼の真似のように肩を縮める。 あの後、アムロは頭に置かれた手を、正確にはを、だが、唖然とした顔で見下ろしていた。としても次に続けられる科白もなく、誤魔化すように髪をかき混ぜるしかなかったのだが、他に提供できる話題があるわけでもなく、手持ち無沙汰になった末、じゃあな、と言い直ぐに部屋から出てきたのだ。頭に置いていた手を離した瞬間、何故かくしゃりと歪んだ顔が印象に残ったが、は何も言わなかった。 無駄に留まっても居心地の悪さを感じてしまう(特に部屋の主は)し、何よりあそこはアムロの私室だ。パーソナルスペースとなった場所をいつまでも侵すような真似はしたくなかった。 もう少し、気の利いた会話でもすれば良かったかと、考えたところで遅い。立ち回りの悪さに通路の端に座りながら軽い自己嫌悪に浸っていた所にアランが表れたのである。 「で、どこら辺かわかってるんですか?」 タイミング良い彼に内心で感謝して問い掛けた。 「一応の目的地だの」 「…は?」 遠回しな表現にきょとんなったに、盛大な溜息が落とされた。 「ルナツー基地の港に入港の真っ最中だそうだ」 「……あれ?」 思わず出てしまった一言を聞いていたアランが、訝しげな顔になったのは言うまでもない。 *** 窓に群がっていた避難民達が着いた着いたとざわめきだしてからものの数分だ。武装した厳めしい軍人達が慌ただしく艦内を行ったり来たりを繰り返し始め、時折何人かが話し合っている。両手には立派なライフルを握り、きびきびと動く姿は否が応でも圧迫感を与えた。誰もが沈黙し、目をあわせないようにして成り行きを見守っている。 「艦の安全が保障されるまで、避難民であっても勝手な行動は慎んでもらいたい。我々としても民間人に手荒な真似はしたくない」 「人、これを脅しという」 通路の端に佇みながらはぼそりと呟いた。それをしっかりと聞きとめたアランが面白げな視線を投げてくるのに、小さく苦笑した。 「軍隊って、基本的に好きじゃないんですよ」 「ほっ、若いモンと意見が合うのは嬉しいの」 アランはさも楽しいとばかりに答えると見咎められないよう肩で笑うが、彼等を見る目は驚くほど厳しい。好々爺然とした姿が完全に消え去って、観察者のような視線を投げつけていた。気付いた者はいなかったが。 更にしばらくして直通エレベーターから周囲を固められるように何人かの軍人が出てきた。困惑、憮然、それぞれがそれぞれの表情を浮かべて目の前を歩いていく。 「もしかして、この艦の偉い人達、ってことですかね」 服の色が違うし、形も違う。襟章などを見ようとしたが自分が全くの初心者だったことに気付いて止めてしまった。 「連行されてる様子からして妥当な考えだの」 「連行?」 「お話しを聞くだけ、という風に見えるかの?」 皮肉った問い掛けだ。 「いえ、流石に違いますね」 周りを囲む側と囲まれている側を見れば一目瞭然だった。とてもこの基地の上層部が好意的な話し合い、を提示しているとは考えられない。 −なにやったんだか知らないけど、良い迷惑だっての 心持ち頭が傾いでいくのを感じながらの感想だった。 「しかし、若い、の」 アランの呟きだ。それに頷こうとしたとき、ふと一人の軍人と目があった。誰よりも不満気な顔をして、先を歩いている。 やはり彼も若かく、しかし誰よりも毅然としていた。 「どう思う。」 歩いていく背中を眺めているアランが何気なく問い掛けてくる。揃えるべき判断材料が少ない現状では、正直今の問いかけには答えたくない心境なのだが、あてにされているとも思えない。雑談と変わりなく振る舞えば良いだろうと見当をつけた。 「どうなんでしょうね。少なくとも、この空気からしてとても艦内の安全を点検している、とは思えませんけど」 「同感だの。歓迎されているとも思えんしの」 「ライフル手にしてる時点でとんでもない歓迎の仕方ですよ」 「全くだ」 の憮然とした皮肉に、深く吐息を落として、軽く頭を振っている。やるせない、という気持ちが如実に表れていた。 −チビ達は大丈夫かな アムロと話すために別れてしまったが、こうも状況がおかしいと三人の身が心配だった。 あれほど幼い子供達だ。幾ら軍人といえど早々強く出るわけにもいかないだろうし、何より三人は案外しっかりしている。暴走気味のキッカが一番気になるが、周りにいる大人達が上手く面倒を見てくれるはずだ。少なくとも、放っておくほど非情にはなれないだろう。 「そういえば」 問い掛けてくる声に、はっとして意識を戻した。 「お前さん、先程何で『あれ』、と言ったのかの?」 「へ?」 「入港中だと、言ったのを覚えとるかの?」 間の抜けた返事に、アランは若干睨みを据えて問い直してくる。これで誤魔化せば更に突かれるのはわかっていた。 「はい」 「何か、当てが外れた顔だったの?驚いた風でもなければ、納得という顔でもなかったの」 鋭い指摘だ。意外と観察眼もあるらしい。ごたごたとしていたから上手く流れたと踏んでいたのだが、やはりしっかりしている。 「えぇ、まぁ色々と余計なことを考える時間はありましたからね」 「例えば?」 「勝手な妄想ですよ。暇潰しのネタに使おうにも、恥ずかしくって口外できません」 実際は確信に近い考えだったが、それを言う必要はないし、既に終わったのだ。外れたのかはわからないが、艦自体に何事も無かったのなら問題はない。何より傍には多くの避難民がいる。不用意に不安の種を撒いて、面倒な事態に発展してもらいたくもなかった。 苦く笑いながらアランの視線を流し、深く息を吐く。どうも、ごちゃごちゃと考えすぎているかもしれない。杞憂かもしれない物事を優先しすぎて、慎重になりすぎている。 「ちょっとトイレに行って来ます」 「ん?うん、水が流れるかわからんが、我慢は良くない。連中もトイレといえば納得するだの」 ひらっと手を振られて、その場を後にした。本当は、トイレに行きたいわけではなかったけれど、一人にはなりたかった。 三度ほど詰問され、その度にトイレだと言うと渋い顔をされながら通された。我慢しろと言われた後の返答内容を考えていたのだが、少々拍子抜けをした。緩いのかきついのか、よくわからない。まぁ、人の生理現状を妨げればどうなるか、わかっているからかもしれないが。 僅かに人の切れた通路を曲がり、端に寄って壁に背を預けた。座らずに立ったまま、ゆるりと頭を動かすと丸い吹き抜けの空間がある。細いパイプが三本走っていて、連絡通路か、何処かに直結しているのかもしれない。傍に人がいないのは、基地に着く以前に近づくなとでも言われていたのだろうか。ぼんやりとそれを眺めながら、は軽く頭を振った。 頭が生温い湯を満たしたように虚ろだ。疲れているわけではない。ただ、思考を追いつかせて、整理するのが中々難しくなっている。下手をすれば絡まって丸い玉になった糸のように思考が定まらなくなる。そうなれば、あとは混乱だけしか残ってない。 −落ち着け落ち着け。再確認だ再確認 目を閉じ、深呼吸を三度、鼻から口へ。殊更ゆっくり繰り返し、もやっとする思考をはっきりさせる。それで解決するわけでも、何かが浮かび上がるわけではないが、落ち着きを取り戻すには必要だった。 「…よし」 ふっと口から息を吐き出して、瞼を上げる。ともかく、無駄に考えるのは無しだ。余計に思いを馳せれば収拾がつかなくなる。唯でさえ、【今】を判断するのに必死なのだ。ひとまず思考に区切りをつけると、柔軟性、と口の中で四度唱えた。 −……戻るか 寄り掛かっていた壁から離れようとした。その視界の隅に、すっと何かが上から下に降りていくのを確認できたはさっと頭をむける。天井と床が丸い筒抜けになって繋がっているそこに、既に気配はない。だが、確かに【誰か】が降りていった。 「…何だ?」 ちらりと背後を振り返り、誰の視線もないのを確認して、近づく。そこかしこで見る厳い軍人達なら、何人かになって降りてくるはずだ。単独行動は、基本として軍隊では有り得ないし許されていない。 そっと下を覗き込むと、小さくなっているが誰かの頭が見えた。金髪だ、とわかった瞬間、一人の名が脳裏を掠めたが直ぐに掻き消した。彼女は通信を担当しているとフラウは言っていたし、そうなれば今頃いるのは艦橋だろう。金髪自体、珍しいものではない。…が、どうにも気になる。 もう一度通路を見、下を見る。その後の行動は早かった。 伸びている細いパイプの一つを握ると、下に向かって反動をつけた。半重力に近い中では落下という現象はない。ゆっくりと降りていく途中、またパイプを握って反動をつけ、速度を上げる。金髪の人物は最下のエリアに着いたのかもう見えなかったが、下に降りていく速度を緩めることはなかった。 next back |