陰険な顔が並び、閉鎖的な空間の中に居続けると、彼等の存在は清涼剤みたいなものになる。

「フラウにちび達も」
「キッカ、チビじゃないモン!」
「はいはい。キッカは女の子だもんな」

体をかがめてよしよしと小さな頭を撫でる。そっぽを向かれたが、直ぐに機嫌を直してくれるはずだ。本当に嫌なら、キッカは撫でようとする手を払うくらいはする。

「さっきの騒ぎのとき、居住区の方は大丈夫だった?」

格納庫からでもよく響いた爆発音だった。居住区には窓やらがあるし、軍人も多くいた。基地内の異常さをリアルに感じられただろう。キッカの頭に手を置いたまま尋ねると、予想通りフラウは浅く頷いた。

「うん。警備の人が出て行った後はざわついていたけど、ホワイトベースに被害はなかったから混乱はなかったわ」
「あの人達来てから一気に窮屈になったからねー。いなくなってホッとしたのが本音かな」
「しょうがないわ。艦内を点検して、警備してくれてたんだもの」
「警備ねぇ」

それにしては随分と頭の回らない警備である。

「違うの?」
「いや?連中が警備だって言ってんなら警備してたんでしょ」

それよりも、と、体を起したはフラウの顔を真正面から見やった。しげしげと覗き込み、頭を傾げる。唐突な行動にフラウは瞳を大きく見開いた。さり気なく体が引かれたが、気にするでもなく覗き込む。

「な、なぁに?」
「ん、なんか、ちょっと疲れてない?」
「そう?」
「うん……というよりも落ち込んでる?」

途端、彼女の表情が小さく歪む。だが、その両目からは涙はこぼれず、弱音も吐かれない。二人のやりとりを見上げてくる子供達の前では泣けないのだ。常に守ってくれている人の弱い面を見れば、元気なちびっ子達も不安定になる。
フラウはわかっている。だから、今の問いにも困ったような笑顔を浮かべて誤魔化すように肩を縮めるしかないのだろう。

「さっきの騒ぎでアムロとはぐれちゃって。探してるんだけど、見つからないの」
「あぁ…アムロね」

タイミング良く駆け付けたのには、脇目も振らずに格納庫に走ってきたからのようだ。アムロがどうして勘付いたのかはわからないが、傍にいて、置いてかれたフラウとしてはやはり色々と考えてしまうらしい。小さく苦笑したに、フラウは頭を傾げた。

、アムロと話したの?」
「え?うん。ナンパされた」
「アムロがナンパ?」
「…嘘々。ちょっと話したくらいだったけどね」

肩を縮めて訂正した。真面目な彼女には些か宜しくない表現だったらしい。

「人と話すのがあんまり得意そうじゃなかったけど、良い子だね。フラウが色々気にするのもわかるよ」

きょとんとした顔が段々と朱を帯びてくる。最後に付け加えた一言を正確に理解した反応だ。

「そ、そんなんじゃないわよっ。アムロとは偶々家が近くって、それで!それだけなんだからっ!」
「えーほんとー?」
!!」

にやりと笑ってからかえば、面白いほどの反応を返してくる。一回打てば十回響いて戻ってくるようでむくりと悪戯心が膨れ上がった。下から聞こえてくるのは、キッカが話の内容を詳しく聞きたがる声だ。せがむ声に、大人な会話、と言い含めてしまうと、突き刺さる視線の鋭さが増した。

「ごめんごめん。冗談だよ」
「もうっ!カイさんみたいなことはやめてよねっ!!」
怒り肩になって突っ掛かてきても、顔が赤いのだから説得力は皆無だ。

−女の子だもんなぁ。十五歳かぁ…青春だなぁ

キッカに使ったフレーズを、今度は若干違う意味で思い浮かべながらまた笑んだ。口にしていれば、オヤジ臭さは満点だったろう。そういえば、『カイ』とは誰なのか。どこかで聞いた覚えがあるが、思い出せない。雰囲気からして良い印象にはなっていないようだから、無理矢理思い出す必要はないかもしれない。

「まぁ、冗談はともかく。結構突っ走る性格みたいだね。アムロは」

強引に話題をかえながら、は徐に右手のグローブを弄り始めた。ほんのりと赤い顔で眺めていたフラウだが、ちらりと向けられた眼差しにはっとなって頭を縦に振る。転換についていけないは承知だ。

「え、えぇ、そう。こんなことになる前はそうでもなかったのよ。人の話を聞いていないのは良くあったけど」
「あんまり社交的っていう感じじゃないもんねぇ」
「うん……いつ行っても、部屋に篭ってパソコンに向かってばっかり。シャワーも浴びないで、時々臭ったのよ?」
「あー、アムロには悪いけど納得できるかも」

フラウの小さな笑い声が耳に届いたが、の目はグローブにある。グローブの手首部分にある太い金具のようなそこを親指で押し上げると、カチリという音が響いた。締め付けが弱まり、軽く手首を回して留め金が外れたかを確認する。

、なにしてるの?」
「いや、外そうと思って」

ぐっぐっと右手全体を揉むようにしてほぐし、中指の先を掴んでぐいっと引っ張った。するりと露わになった手は照明に反射して白く、そして五指は細く長い。思わず息を飲んだフラウに気付いてないは、ひらひらと手を振り、拳を作ってぱっと開くを繰り返している。

「よし、完璧」

満足して頭を上げ、にっと笑いかける。が、何故か目を逸らされて小さくショックを受けた。

「ま、まぁ、ね。あんまり根を詰めすぎないようにね。フラウは何事にも頑張りすぎなんだから」
「そうかしら」
「そうなんです。な、三人とも」

同意を得るようにちびっ子達に話しを振ると、すかさずの意見に賛成するように声を上げてくる。

「そうよ!だからキッカ、フラウねえちゃんのおてつだいしてるんだもん!」
「ぼくたちだって出来ることをしたいんだから」
「そうだよ」

胸を張る三人をフラウは困惑した顔で見下ろしている。

「…あんたたち」
「小さい子達はちゃんと見てるんだよ」

両親がいなくなって不安なのかもしれないが、それでも、率先して配給の手伝いをこなそうとしていた。ただ、蹲っているだけでなく、守ってくれている人の近くにいたいのだろう。もしかしたら、単にフラウの頑張りに影響されているだけなのかもしれない。だとしても、それだけ彼女の傍にいる、というところに行着いてしまうのだから結局は同じことだ。

「頑張りすぎて根を詰めるとね、眉間に皺が寄るんだよ。そうすると、余裕もなくなるし周りも心配する」

フラウを相手にすると必ず説教をしてしまっている。動き回って余計な感傷に浸らないようにしているのかもしれないが、背伸びをしすぎると体は悲鳴を上げる。若いし、体力はあるかもしれない。だが、無茶は禁物だ。

「無理するなよ」

アムロにも言った一言だ。違う表現を使いたいが、残念ながら表現力に自信はない。それに、遠回しに伝えたところで彼女は無理をするのだろう。予想などではない。完璧な【確信】だ。真面目で直向きだからこそ、フラウは無理をする。だから強くは言わない。多少の説教は、するかもしれないけれど。

「ありがとう、

浮かべた笑顔に無理はない。少なくとも見た目では、だ。軽く頬掻いて、も笑む。どういたしましてと答える変わりに小さく一歩を踏み出し、グローブを外した手をひょいと伸ばした。するりと後頭部に手を回して軽く引き寄せる。フラウとの間はせいぜいキッカが二歩歩く程度だ。何の問題もない。力加減をして引き寄せる。お互いの顔が近くなり、こつ、という小さな音がして、額同士が擦れ合った。

「怒ってるより、笑ってる方が良いよ」

濃いブラウンの瞳がぐらりと揺れる。驚かせただろうか、それとも前置きがないのが悪かったか、と本質から完全にかけ離れた反省をしながらはにっと笑った。

「探し人は医務室だよ。今から行って間に合うかわからないけど、いたら置いて行った文句を言ってやんなよ」

柔らかい髪をくしゃりと撫でて、離れた。唖然としているフラウにやはり前置きがないのが悪かったか、とごちりながら、見守っていたちびっ子達に連れて行くように促す。ぎこちない動きでレツがフラウの腕を取り、カツもレツの呼びかけで先を歩こうと前に出た。

「フラウねえちゃん、おかおがまっか!」

一人、状況のわからないキッカの、全く裏表ない一言が、彼方に飛んだフラウの理性を逆に戻したらしい。

「そ、そっんなことないわよっ!医務室に行くわよっ!!」

怒鳴り声に近い声でもキッカは怯まない。声の割に迫力がないのが原因だ。林檎のように染まった顔をから隠すようにして俯き、足取り早く横を通っていく。大声の拍子に掴んでいた手を離したカツが慌てたように後を追いかけ、レツも当然ながら続いた。

「あとでねぇ!」

小さい手を必死に振るキッカに同じく手を振り返してやる。何を言われても動じないのは、肝が据わっているのか子供だからなのか。素晴らしいほどの純粋さだ。三人が角を左に曲がるまで見送り、最後にキッカの揺れる金色の髪が視界から消えたところで、は軽く息を吐いた。くしゃりと短い髪を掻きむしる手は照明に反射しても尚白い。また溜息を落とすと、頭から首をさすった手を直ぐにグローブの中に嵌め込んだ。指先の感触を確かめるように引っ張り、中の空間をなくしていく。

「…まぁ、やり過ごせたし、問題ないだろ」

留め金を外して素手になったのは、グローブでいるよりもこちらの方が違和感を持たせないだろうと踏んだからだ。ごわごわとした感触が頭にくれば、不快感が残る。そして疑問を持たれる。避けたい順序だ。そのための多少のリスクなら幾らでも背負うし、狡賢く計算もする。誰の目にもとまりたくなかった。
この時点でフラウが顔を赤くしていた疑問は、グローブを嵌めるの思考には全く追加されていなかった。白髪頭の彼がこの場にいたらこう呟いていただろう。

『女の敵だの』


その後、ホワイトベースの本来の艦長であった士官が亡くなり、宇宙葬が厳かに行われた。結局、ルナツーの整った医療施設であっても回復させることはできなかったらしい。他の避難民達と同じ大部屋から棺が宇宙へと射出されるのを見下ろしていたは、隣にいるアランにちらりと目を向ける。小さく目礼した横顔は悲哀のそれだったが、何を言うことはせず映し出されている巨大なモニターに視線を戻した。葬送を終え、速やかな補給を済ませたホワイトベースは、休む暇なくエスコート兼護衛艦の一隻ともにルナツーを出港する。同乗した避難民には、行き先は地球、とだけ伝えられていた。








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