「は?地球?」
「そう、地球」

唐突だった。ルナツーで補給を受けたとあって缶詰配給はなくなり、変わりに食堂がめったやたらと人で溢れかえるようになった。割腹の良い軍人、タムラ、と言ったか。ようやくコックにも仕事が回ってきたとやりがいのある表情で腕を捲っていた。そのタムラが仕切る食堂で、アランとは向かい合わせで座っている。
アランの前にはサンドイッチ、の前には水の入ったコップが一杯。いるか、とサラダのサンドイッチを差し出されたが、断った。

「地球に降下、ですか」
「何だ。不満かの?」
「いえ、不満じゃないんですけどね…って、口から色々出てますよ。食べるか話すかどっちかにしてください」
「細かいのう」

のコップを奪って水を飲むアランにさすがに笑顔が引きつった。
ルナツーでの葬儀直後はぼんやりとした様子だったが、だいぶ復活している。というよりも更に強化されている。反動が強すぎるのは困りものだが、沈んだ様子を見るよりか良い。それが空元気であったとしても、折り合いをつける術を身につけているからこそ豪快にサンドウィッチを食べていられるのだろう。

「で?地球に降下することが不満でないのなら、何だの?」
「へ?あ、あぁ、さっきの話しですか」

食欲も復活している様を体現しているアランに目を奪われて、反応が遅れた。

「降りるのは特に問題ないですけどね。なんか、また面倒なことになりそうだなぁと」
「まだるっこしいの。はっきり言わんかい」
「…地球の何処に向かうんでショウカ」

ストレートな促しに、もストレートに返した。
民間の宇宙船ではない、れっきとした軍艦なのだ。しかも最新兵器を積んでいるとなれば、避難民はあくまでおまけでしかない。彼等の目的は、その大切な兵器を然るべき場所に移送することであり、その後に民間人は解放、という形になるかもしれない。付近に都市があれば要望によって退艦させるかもしれないが、可能性は限りなく低いだろう。

「降下してそれで終わりってわけでもないでしょう。終点を教えてもらわないと、降りる際の心構えも出来ないと思うんですけどね」

テーブルに肘をつきながらそれだけを口にすると、アランは、ふむと頷く。

「…まぁ、これまでを振り返れば、大方の察しはつくがの」

奪ったコップの水全てを飲み干して深く息を吐いた。無言で先を促すに、鼻息荒く椅子の背もたれに背を預けた表情は不機嫌さが窺える。次に口を開くまで、アランはむっすりと空になったコップを睨んでいた。

「連中が行きたいのは、連邦軍の総本部、ジャブローだろう」
「…え?サブロー?」

それまでの雰囲気が一気に壊れてしまったのは、言うまでもない。


居住区の方も、ようやく部屋割りが行われて通路も広々とした本来の姿を戻している。はアランと同じ共同部屋に移されたが、途中IDカードの提示を迫られた時はさすがに対処に困った。仮発行はしてくれたものの、それはあくまで仮である、と再三強く念を押された。

「なに、どうせ他にも紛失者がいたんだろう。気にすることはないの」

とは、アランの考えである。
的外れも良い所な返答をしたせいか、もう少しばかり居座るから先に戻っていろとすげなく言われた。態とじゃないのに、と思いながらも素直に席を立ったのは、食堂が混雑していたからだ。
溢れかえっていた食堂とは反するように共同部屋に戻る最中の通路には誰が座り込んでいることもなく、殺風景なほど静かで広い。時偶に擦れ違う程度で、案外幅があったんだなと感心したほどだ。しかし、はたと思い浮かんだ考えには思わず足を止めた。

−避難民避難民って、俺もそうなんだっけ

狭い艦内に居続けてだいぶ狭まった思考になりつつあるけれど、地球に降下すれば区切りになる。可能性は食堂で考えたとおりだ。いつ艦から退去させられるかわからなくなる。となれば、降りた先はまさしく未知の世界。知識も何もない中で、今度こそ途方に暮れるしかない。の培ってきた人生経験など、毛ほども役に立たないだろう。

「…参ったな」
「え?」

唐突な声だった。勢いよく背後を振り返ると、きょとんとした顔のアムロがいた。

「あ、あの、すみません。驚かすつもりはなかったんですけど…」
「や、うん。気にしてないから構えないで良いって」

しどろもどろになるアムロに、ひらひらと手を振ってみせる。実際、物思いに耽りすぎて注意力散漫になっていた。

「そういえば、久しぶりな感じがするけど、気のせい?」
「そう、ですね。ボクもばたばたしてたから…」

ルナツーで、正確には襲撃事件以来まともに顔を合わせることがなかった。葬儀中、フロアからそれらしき姿が見えたけれど、自身は大勢の中に混じっていたからアムロが気付くことはなかったはずだ。

「あの、セイラさんの肩の件なんですけど」
「あぁ、彼女大丈夫だった?」

徐に切り出された話題に、歩きながら一人の女性を思い浮かべる。葬儀が終わり、フロアを出て行く軍人達の中に混じってセイラも見えた。ただ、骨折時にする三角巾のようなものを首から吊して腕を固定していたから、気にはなった。アムロ同様、話す切っ掛けもなく終わってしまったけれど。

「えっと、やっぱりちょっと筋を痛めたみたいで、しばらくは腕を動かさない方が良いだろうって言われてました。大事を取って固定してましたけど、それほど酷くはないみたいです」
「そんなでもなかったんだ…あ、フラウには会った?探してたみたいだったけど」

フラウ、の言葉に、アムロの顔が瞬時に渋面になって沈黙した。どうやらあの後、無事会えたようだ。

「……凄い文句言われました」

そしてが最後に付け加えた言葉も、実行したらしい。何をどう言われたのか、簡単に想像できておかしかったが、笑うのは堪えた。

「じゃあ他には?」
「特に問題ないそうですよ」
「じゃなくて、お前だよ。アムロは?何ともないんだな?」
「え、あ、は、はい。壁に叩き付けられた程度だったんで、何ともないです」
「そっか。良かった」

聞いた限りではセイラにそれほどの怪我があるようにも思えないし、アムロも言葉通り異常はないらしい。あの時の侵入者が細長いライフルのようなそれを発砲したときは、アムロは撃たれたと諦めかけたくらいだ。相手の気紛れだったとしても、知り合いが大怪我をしなくて済んだのは幸いだった。

「怪我がないのが一番だからな、やっぱり」

笑うと、ぐるりとアムロの目が彷徨って逸らされる。同じような態度を彼の世話役に取られのを思い出して少々唇の端が引きつった。フラウにしろアムロにしろ、どうしてこう人と話しているとあからさまに目を逸らそうとするのか。微妙に傷付くし、微妙に気持ちが落ち込む。確かめるわけにもいかないから流してはいるが、何度もされればちょっと辛い。

「地球に降下するんだって?」

内心では暗い影を背負いながら話題をかえた。肩が落ちるのは、仕方がない。

「はい。そうみたいです」
「じゃあ、アムロは待機ってこと?」

ガンダムという人型兵器のパイロットというからには、出撃に備えて待機が普通だろう。地球に降下するようだから、艦の外に出る可能性は低いが、戦闘の有無に関わりなく待機命令は下される。

「着替えて、指示に従えって言われました」

答える表情は何処か憮然としている。拗ねているような、膨れっ面だ。

「嫌だーって顔だな」
「そんなんじゃないです。ただ…」

僅かに迷う仕草をしたアムロだったがおずおずと、呟くように先を続けた。

「…ボク、ブライトさん……艦長って好きじゃないんです」

ブライト、といえば、このホワイトベースの仮の艦長となっていた人物の名だ。
本来の艦長が亡くなったことで、ルナツーまで指揮していた仮艦長が後任に選ばれたのかもしれない。避難民に括られているは知らないが、流れで考えれば納得がいく人事だ。けれど、その新しい艦長をアムロは苦手だという。むすっと唇を尖らせて、呟いたその表情は子供のそれだ。は小さく肩を揺らして笑った。

「何がおかしいんです?」

半眼になって睨んでくるアムロに、何でもないと手を振る。理由を言えば、彼は更に機嫌を降下させるだろう。今度はに対象を変えて、だ。それは御免被りたい。

「良いんじゃない?世の中アムロにとって良い人ばかりじゃないよ」
「でも、あの人本当に高圧的で頭が堅くって、ホワイトベースを守ったのに文句ばっかり言ってくるんです。ボクは兵隊でもないのに、命令してくるし」

切っ掛けがあれば愚痴はするすると出てくるらしい。余程艦長相手にフラストレーションがたまっているのか、口調も怒気が混じっている。どもることなく一気に言い切ってしまえる勢いは、普段の彼からはあまり想像できない。いつもこの明瞭さで話せばいいのにと感じるのはおかしいだろうか。

「そうだねぇ。俺は守られてる側だから何も言えないけど、艦長さんからすれば猫の手も借りたい心境何じゃないの?」
「ボクは猫じゃないですよ」

憮然とした顔で返してくるアムロに、小さく苦笑した。確かにその通りだ。

「ごめん、表現が悪かった。俺が言いたいのは、アムロの他にガンダムっていうのを操縦できる人がいないから、だから出てもらうしかないって思ってるんじゃないの?ってことだよ」
「でも、ボクは兵隊じゃありません」
「うん、そうだね。正規のパイロットがいたら、兵隊でもない子供に兵器の操縦なんてさせないだろうね」

穏やかに返すと、アムロは黙り込んだ。
不測の事態とはいえ、十五歳の子供に軍の最新兵器を簡単に任せられるはずがない。パイロットが健在なら、アムロは既にお払い箱になっているか、良くて補充員程度に格下げされていただろう。正規員が『不在』だから、適任者として選ばれているのだ。と、考えたところで、は重く息を吐いた。
結局はアムロがガンダムという兵器に乗ることを催促するようで嫌になった。能力があるのだから使うのは当然だ。だからガンダムに乗れ、そして守れ、等と偉そうな科白を守られる側が言えるわけがない。
それに、軍の在り方を容認するような発言もしたくなかった。軍隊は好きじゃない。そこに属する人間も好きじゃないのに誤解されるような科白を吐くなんて、冗談じゃない。

「…ともかく、俺が言えるのは無理するなってことだけだよ」

それ以上を言うべきではない。誤魔化すようにくしゃりとアムロの頭を撫でて、笑顔を作るしかなかった。

「……さんって」

撫でられる手をそのままに、ゆるゆると口を開いたアムロはじっとを見ると何かを言いかける。だが、言葉を飲み込むようにして開いていた口を閉じると俯いてしまった。

「…物凄い気になるんだけど」

頭を傾げて眉間に皺を寄せても、何でもないです、と緩く頭を横に振るだけで先を続けようとしない。彼の中で納得できて言わないのか、それとも言いたくないのか、どちらにせよ口にする意思はないようである。

「ボク、行きます。着替えないといけないので」
「あ、誤魔化したな」
「違いますよ…行かないと、怒られちゃうんです」

誰に、とは言わなかった。含んだ表現の中に件の艦長がいるのだと、顰めっ面になった顔を見ずとも十二分にわかる。もしかしたら、彼の幼馴染かもしれないが、彼女だったらここまで顰めっ面にはならないだろう。現艦長は結構なスパルタらしい。

「わかった。後でな」

手を振ると、アムロは小さく頷いて小走りに通路を進んでいく。危うさを感じさせる不安定で細い背中が、共同部屋に入った後でも妙にちらついて離れなかった。








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