| ある程度予想はしていた。アムロの生還を喜ぶ空気が満ちていた艦橋からそそくさと退散したときから、もしかしたら、という思いはあったのだ。直通エレベーターから降りて何食わぬ顔で共同部屋に戻ると、やはりと言うべきか、待っていたのは呆れと怒りをそれぞれ半分にわけあったような表情を浮かべてドンと胡坐をかいているアランだった。 「本当に、お前さんは懲りんな」 対面するように座ると直ぐに不機嫌な声音が耳に届く。今回も、フラウの後を追いかけたに気を揉んでくれていたのだろう。彼には心配の掛け通しだ。 「いや、何というか、ほんとすみません」 素直に謝罪の言葉を口にした。無駄な言い訳は彼の善意に対して仇になる。耳の後ろを擦りながらむっすりとしたまま睨んでくるアランをそろりと一瞥すると、ややあって大袈裟に息を吐き出された。上がっていた肩も重力に従ってがっくりと下がっていく。 「どこに行ったかは知らんが、戦闘音が止んだとはいえ安全が確保されていない中をああも走り回るのは良くないの」 「まさしく仰るとおりです」 「大きな揺れが起きて怪我でも負ったらどうする。今は駆け回っているが、小さい子供達も心配していたぞ」 「本当に言い訳の仕様もありません」 「これ以上心臓に悪いことはしないでくれ。老体には何より堪える」 「…努力します」 わかりました、と答えるのではなく、努力する、と微妙なニュアンスで返答した。出来るならはっきり断言したかったが、これから何が起こるわからないし、自身がどうなるかもわからないのだ。何もないのなら良い。そう願いたい。だが、楽観的観測は何度も破られた。それだけ先が見えないのだ。確約したくともできない一言は、アランにはしっかり気付かれていた。一瞬渋い顔をされたものの、彼もこの状況の不安定さは良く理解しているらしい。希望ばかりが溢れて地球での生活を明るく語り合っていた避難民達とは考えるところがどこか違っている。 「そうしてくれると有難いの……で?あの見習い生の服を着込んだ女の子はどうなったんだ。一緒に戻ってこなかったようだが」 この話は終わり、とでも言う様にアランはフラウのことを聞いてくる。も蒸し返すつもりはなく、小さく頷いて話題に合わせた。 「友達の無事がわかって、泣いて喜んでましたよ」 「それは何よりだ。お前さん、さぞ妬けたんじゃないのか?」 「フラウはアムロに夢中ですからね。俺は旗でも振ってのんびり応援してますよ」 肩を縮めたに、しかしアランは興味深げな顔をした。ほぅ、と呟くと意地悪く笑みまで浮かべてくる。 「中々良い雰囲気に見えたんだが、そうか、これはまた複雑な関係みたいだの」 「…はい?」 「いやいや青春だの。若い頃はそれくらいの冒険と経験を積んだ方が良い。人格に重みが増すというものだ」 「あの?」 「いやなに、お前さん、外見は決して悪くない。寧ろ良い部類に入るぞ。だからの、多少押しの強い男のほうが女性は案外惹かれていく。しかもくらいの見目なら流されても良いと思うこともある」 「……完っ璧な誤解で、かなりの問題発言ですね」 「わしはこう見えても人間観察が好きでの。あの子、フラウといったか?もう少し親しくなればきっと」 「有り得ません。でもってアランの考えているような感情は欠片もありません」 己の名誉のためにも、今度ははっきりと断言したである。 そうしてゴシップネタにされる危機を乗り越え、つらつらと取り留めない会話を交わしながら(チビ三人組は艦内の戦闘状態解除の報せが入ったと同時に他の子供達と部屋を出て行ったらしい)ようやく落ち着いた空気に戻った頃だった。 同じ共同部屋で休んでいた避難民達の緩んだ空気が僅かに強張ったのをは感じ取った。その場にいた全員の視線が背中の向こうに集中している。出入り口の方だ。アランを見ると、顎で背後を示された。訝しく思いながら何だと振り返ろうするに、その声ははっきりと鼓膜を叩いた。 「」 背中を捻ってそちらを見る。冷えた瞳は相変わらずだが、これまでの激務でたまっているだろう疲労を感じさせない凛とした空気は健在だった。本当に、民間人とは思えないほどだ。 「セイラ」 「少し、宜しいかしら?」 否と答える理由がある筈もなかった。 *** また妙な妄想を育てているのが良くわかるアランの視線を、強烈に背中に感じながら共同部屋を後にして、人の通りが上手く途切れている通路の一角に案内された。死角になるそこは、ざわめきから少しばかり距離を保つことが出来る。 良く見つけたなと感心していると、前を歩いていたセイラが立ち止まり、振り返った。ここで話を切り出されることを理解して、も両腕を組む。 「で、どしたの」 面倒な前置きは彼女に必要ないだろう。真っ直ぐに見据えるセイラの視線から逸らすこともなく、問いかけた。共同部屋を出てから『ついてきてちょうだい』と一言発したきり、彼女は何を言うこともなく沈黙を守っていた。何かあるのは直ぐに察せられた。 「貴方に聞きたいことがあって」 「俺に?」 僅かに首をかしげたに、セイラは浅く頷いた。 「大気圏突入の時、インカムでアムロに呼びかけていた内容、覚えていて?」 「あぁ、そりあゃね…って、もしかして、結構問題になってる?」 一般人の立ち入りが許されない艦橋に入り込み、インターカムを奪って通信を行ったのだ。言い訳すらできない問題行動は明らかである。あのまま残っていれば説教を頂くことはわかりきっていた。あまり拝聴したくない叱責を受けるのは自身避けたかったのでさっさと退散したのだが、やはり無断侵入は印象に残っていたらしい。 決まり悪くグローブ越しに頬を掻きながらセイラを見るも、彼女は頭を緩く横に振ってくれた。 「いいえ。フラウが一言、二言注意を受けていたけれど、対した問題ではないと処理されたわ」 「そっか。良かった」 心配していなかったわけではない。ただ、残ることのリスクと、残らないことのリスクを秤にかけたとき、傾いた方を選んだ結果が後者だったのだ。もしこの結果でフラウが大目玉を食らいでもしていたら、その時は艦長に名乗り出て謝罪でもしようかと考えていた。だが、その考えが杞憂に終わったことで間違った選択をしていなかったことに肩が落ちる。元を正せば無理を承知でフラウの後について艦橋に入り込み、勝手に通信を行ったに責任があるのだから。 「後で謝っておかないとな。俺が無理言ったのが悪かったんだし」 苦笑して呟いた。しかし、セイラはそれに答えることもなく、観察するように見据えてくるだけだ。 「…貴方、知っていたの?」 徐に切り出された問い掛けの脈絡のなさに、咄嗟に返事が出来ずにセイラを凝視する。と、更に質問は続いた。 「ガンダムが単機で大気圏突破できることを、貴方は知っていて、アムロにあの言葉を投げかけたの?」 成る程と、納得する。そして、言わんとしていることがようやく理解した。 『アムロ!聞こえてんならホワイトベースのどこでも良い!ともかく張り付け!単独で降下したらポイントがずれて迷子になるぞ!急げ!』 艦橋の大型スクリーンに写っていた二つの火の玉。そのうちの一つが見覚えのある機体で、誰が乗り込み、操縦しているのかもはっきりと覚えていた。だからは動いた。それだけだった。 ガンダムという機体がどれだけの耐久性を備えているかなど、は知らない。『異なって』いるのだから、知るわけがない。だが、セイラは肝心な『それ』を知らない。知らないからこそ全く正反対な疑問を抱いてしまって、それでも、の行動に不審を持つのは彼女の側からして当然のことだった。 「…俺は知らないよ。何もね」 沈黙の後にようやく口にした言葉は限りなくシンプルだった。単純明快で、それ故に答えを聞いたセイラの顔には疑念がはっきりと見て取れる。それも、やはり至極当然な反応だろう。あの問いに、今の答えはあまりに曖昧すぎる。不快を与えど、納得させることはできない。がセイラの立場でも、同じく疑いの気持ちを持つだろう。 「ただ、アムロがここに帰ってくるのに必要だと思ったことを言っただけだ。言わなかった事で後悔するなら、言ってから自己嫌悪に浸った方がずっとマシだ」 僅かに俯いて、苦く笑う。自嘲が交じり合った複雑な笑いは、頬が引きつっていたかもしれない。嘘はない。ただ、これ以上深くを言えない自身が、虚しく感じられて仕方がなかった。自らを正当化出来ないことへの虚しさではなく、根本的な『ずれ』からくる虚しさだった。 徐々に下がっていた視線を持ち上げると、セイラはやはり黙ったままを見つめていた。一つ違うのは、眉間に出来ていた皺がなくなったことだ。アイスブルーの瞳は、僅かだが柔らかく変化している。 「悪い、訳わかんないこと言ってるな」 「…えぇ。確かにわからないわね」 全く以って容赦がない。清々しいくらいはっきり言われた分、おどけることも出来ずには小さく笑んだ。セイラは外見と同じく、中身も凛々しい。 「あの後、アムロが貴方のことを聞いてきたわ」 「アムロが?」 聞き返すにセイラは頷いた。 「あの時のの声は届いていたみたいね。アムロははっきりと言わなかったけど、話しをしたかったのだと思うわ」 「そ、っか」 「もう部屋に戻ってるはずよ。行ってもらえるかしら。私はこれからミーティングがあるから、そちらに参加しないといけないのよ」 「ミーティング?これから?」 「そうよ」 思わずな展開に目が丸くなった。直ぐにでも始まる話し合いの直前に、艦橋に詰めているはずのセイラが態々居住区まで降りてに会いに来たという。知り合ってからそれほど時間は経っていないが、彼女の場合、余計なことに時間を割くような性格でないことくらいは理解している。 制服組が何を話し合うのかはわからないし、あえて聞かないが、地球に降下したばかりが現状だ。アランの言っていた通りに、この艦が総本部とやらに向かうのならば、その最短コースを練りだすだろう。降下地点に正確に降りていれば、それほど難しくなる問題でもない。と、そこまで考えたは、はたと気付いた。 「もしかして、今のを伝えるためにさっきの質問をしたってこと?」 「さぁ、どうかしらね」 瞳の柔らかさが顔全体に行き渡り、薄ら笑みを浮かべたセイラはそれじゃ、と言って踵を返した。振り返りもせず、きびきびとした足取りで去っていく後姿を見送りながら、思わず肩を縮めた。前置きのようにぶつけられた質問は、セイラからすれば確かに聞きたいことだったのかもしれない。そして、その返答如何によって、アムロのことを話すかどうかも考えていたのだろう。上手い具合に試された、というわけだ。 「ほんと女傑だ」 吐き出すように呟いた一言には、どこか満足気なものが含まれていた。 next back |