| 軍艦に乗るには、直通エレベーターに乗らなければいけない。そこは作りの違いはあれど、目的としてはたいして変わらないらしい。エレカが専用エレベーターの近くで止った後、直ぐに移動したは中から入り口を押し開けた。乗せることの出来た避難民達を次々と降ろす際、足を引き摺っていた怪我人や小さな子供が降りる際に軽く手をかしていく。 「転ばないように気を付けて」 相手から口々に礼を言われるのに答えていく。全員が降りたのを確認して扉を閉めた。これで用済みだ。最後尾となって歩いていると、先を歩いていたフラウと視線があった。笑顔の中に少し疲れた感があるが、それでも気丈にあろうとする姿は好ましくうつる。 「何とかやれたね」 「はい」 ほっと肩をおろすフラウの手には、薄緑色のカラーリングが施されたボール型の物体…もといフラウの友達の『ハロ』がおさまっていた。バスケットボール程度の大きさだろうか。取り残された居住者達を捜している最中に瓦礫の山となった中から道路に転がり出てきたのだ。ごろごろと転がり跳ねる様子に金髪の女性は勿論も目を丸くしていたが、慌てて飛び出していったフラウがしっかりと抱きしめるのを見て、成る程と腕を組んだ。 「【玩具】というより【友達】、みたいだね」 「そうね」 女性の、どこか優しい声が耳に残った。 『フラウボ フラウボ』 リズム感のある声だ。元々は量生産されたペットロボットらしいが、改造してあると言っていた。作ったのは彼女じゃないらしいが、良くできている。時々ひらひらと両脇の羽のようなカバーを動かしている様子はまさしく感情があるようで、エレカ内で思わず笑ってしまった程だ。 「後はあれに乗り込めば良いわけだ」 専用エレベーターに視線を変えて言うと、フラウがそうですね、と返してくる。 「残った人たちも、出来るだけ助けられたから良かったです」 出来るだけ、その言葉には『もしかしたら』という気持ちが見え隠れしている。それを現わすようにフラウの顔は暗い。工事中でそれほど居住地区がなかったとしても、まだ生存者がいたかもしれないという可能性は捨てきれないのだ。もう少し、後少し見て回れたら、という感情は残って当然だろう。 「やれるだけのことはやったんだから、今はそれで良しとしようよ」 項垂れ加減の肩を軽く叩くと、フラウは小さく頷いた。服装からして完全な民間人なのがわかるし、今起きている事態も彼女からすればあまりに突発的なものなのかもしれない。 きっと両親と共に、平穏無事な生活を過ごしていたのだ。そんなところにわけのわからない災害が降りかかれば、誰もが動転するに決まっている。少なくとも、【日常】が当然だと思っていたならば。と、そこまで考えたにふと一つの疑問が沸いた。 −……両親? 「…あのさ、ちょっと聞きたいことあるんだけど」 「はい?」 フラウが顔を上げ、くりくりとした瞳でを見上げてきた調度その時だった。パシン、という何とも小気味良い音が、とフラウのみならず専用エレベーターの周囲に響いたのである。 「それでも男ですか!軟弱者っ!!」 凜とした声は金髪の女性。対面するように、頬に手を当てて呆然とした顔になった少年がいる。隣にいたフラウは何事だと言わんばかりに小走りになって二人に近づいているが、それほど離れた場所にいるわけでもない。動かないの所からも、充分会話を拾うことが出来た。と言うよりも、前後の会話がなくとも大方の予想は出来るのだが。 「…ってぇぇ……やったなぁ、なんだよぉっ」 威勢の良さは残っていたらしい。少年は、怒りと悔しさを滲ませた顔で女性を睨んでいる。だが、見える華奢な背中から怯む気配は全く感じられない。 「その不良みたいな口の利き方!おやめなさい!」 止めの一発だ。ぐうの音も出ないのか、少年は気勢を削がれてまたも呆然とした顔になった。そんな彼に一瞥もくれず悠然とエレベーター入り口に歩く金髪の女性の、何と凛々しいことか。平手打ちを食らった少年が逆に哀れでならない。 「カイさん」 傍に寄ったフラウと同じく何気なくも近づくと、少年の名を口にしている。知り合いらしく、だから慌てたのか、と納得も出来た。 「知ってるの?あの人」 何でそうなる、とは心の中での疑問だ。カイと呼ばれた少年は口の端を押さえ、避難民を誘導する女性を睨んだままだがフラウの問い掛けに答える余裕はあったらしい。 「セイラとか言ってさ、新入りだよ。医療ボランティアチームの」 搬送前、負傷者に施していた慣れた応急処置に、知識はあるだろうとは踏んでいたが、習得者なら、と頷ける。 「何様かしらねぇけどさっ!いけすかねぇオンナッ!!」 鼻息荒く背中を向けるカイの後ろ姿はどうにも悔し紛れに言っているようにしか見えない。女性から平手打ちを食らって正面から『軟弱者』呼ばわりされたのだ。しかもどんな反論も許されなかったとなれば、真っ当な男ならなにも思わないわけにはいかないだろう。 「赤く腫れるな、あれ」 また頬をさする背中を見て、は苦笑するしかない。 「腫れるなんて、そんな。カイさん、大丈夫ですか?」 「んー…まぁ、腫れるくらいなら平気だろ。プライドは地の底に落ちたろうけど」 「プライド、ですか?」 怪訝な顔になるフラウにはわかるべくもないのだろう。 「意地を張りたい年頃なんだよ」 「年頃?」 返答に詰まっての答えだったが、何が良かったのかフラウはきょとんとした顔になって直ぐに、ぶっと噴き出した。ツボに嵌ったのか、笑い声まで上げてくれる。それほど器用な返答をしたろうか、と頬を掻いていると人差し指で眦を拭きながらフラウ顔を上げてきた。先程までの憂いのあった表情が嘘のようだ。 「ご、ごめんなさい。でも、おかしくて…」 「そんな笑われるようなこと、言ったっけ?」 「そうじゃないんです。そうじゃなくて」 言うと、フラウは呼吸を整えるためか、片手を胸に置いてはぁと息を吐いた。 「おじさんみたいなことを急に言うから」 「おじさんてそんな…」 「だって、私とたいして変わらないでしょう?なのにあんな一言」 「変わらないって、何が?」 「え、年齢がですけど」 小さく頭を傾げて、見上げてくるフラウをはしげしげと眺めた。すると、僅かに頬を染めて視線を逸らしてしまうが、の思考はそちらにない。 「あのー、ちなみに何歳?」 「え?十五ですけど」 の両目が僅かに見開かれたのは一瞬だった。ほーと感心したような息を吐くと、困ったような、戸惑うような笑顔を浮かべたのである。 「んん、そっかぁ」 「そっか、って…え?」 「いやいやいや、うん、何でもない。気にしないで気にしないで」 「え、あの?」 「ほら。急がないと待ってるよ」 疑問符を頭に乗せるフラウを急かしながら、は意識を専用エレベーターに向けた。皆乗り終わったらしく、残るはフラウとのみらしい。ごつい宇宙服を身に纏った男達が、剣呑な顔をしながら二人を待っている。他も似たり寄ったりだ。促され、彼らからの視線を理解したフラウは直ぐに『あぁ、いけない!』と小走りになってを追い抜かして行く。 「………俺って、そんな童顔?」 後ろをついていくは、思わず口にしていた言葉に自らショックを受けてしまう。ずんと重石を乗せられた感覚になりながら乗り込んだエレベーターで、影を背負うを気遣ったのは他でもないフラウだった。 next back |