| いつまでも虚空と会話をしよう等というネジの飛んだ思考方法はない。少なくとも、そこに至っていないわけだからの心にはまだ多少のゆとりがあるわけだ。 「今、揺れなかったかの?」 「そうですかねぇ」 一通り沈んだ気持ちに区切りをつけると、一気に浮上させてさっさと立ち上がったは、向かう場所が定まらない足に任せて避難民達が集められている区画を行っては戻り進んでは立ち止まって、を繰り返していた。 どれだけの人数が収容されているのかを知りたかったのだが、案外大所帯になっているかもしれない。常に溢れかえった通路と室内を見てのことだ。多少の重力は効いているから、歩く際の支障はない。居住区だからだろう。座り込むことも荷物を置くこともできる。ただ、気がかりが一つ。 くまなく歩いたわけではないが、フラウと一緒にいた三人の子供達が見られないのだ。他の避難民達と一緒に送り出したが、あれだけ幼い子供達を無視する大人は早々いないはずで、誰かが彼等の乗艦を手伝ってくれるか最悪自力で乗り込んでいると考えていた。その三人の姿を見つけられないのは、としても僅かに焦りがある。のだが、 「あんな場所から退避するわけだから多少の振動はあったりもするんじゃないですかね」 「そうかの?だが、随分と乱暴な航行だの。まるで追いかけられているようだ」 「まぁ、安全な場所に行くまでのお釣りだと思えば問題なしですよ。多分」 隣に座る白髪一杯の初老男性ののんびりとした問いかけを、同じくのんびりとした口調で受け答える。まるで親身になっていない回答に、しかし初老の男性、名をアラン・ダラスという彼は気にした様子もなく、ふむと呟くと無言になった。 「平気ですか?船酔い、とかじゃないですよね」 「失敬な。それほど弱っちくないわい」 それなりに気遣った科白に対して、大袈裟なほど胸を張ってくるアランには小さな苦笑でもって頷いた。 確かに、この分なら多少の揺れも振動ものほほんとした顔でやり過ごすだろう。他の避難民達に心配の目を向けた方が良いくらいだ。 「ふぅむ、しかしこの年で無理をするもんじゃないの。体が痛くてたまらん」 「乗艦まで結構なもんでしたからねぇ」 「マッサージの心得はあるかの?」 「もっと体が痛くなっても良いのなら披露しますが?」 「老人を労るということを知らんのかい」 「労ってますよ。だから傍についてるんです」 むすっとした顔になったアランだったが、特に機嫌を害したわけではないらしいことが承知だったは肩を縮めた。 彼との出会いは簡単なものだ。避難民に許されたブロックを歩いていたとき、後ろから声をかけられたのだ。 「おぉい、そこの青年」 初めの内は全く気付かなかった。まさか見ず知らずの人間相手に親しげな声をかけてくる物好きなどいるわけがない。確かに今は非常事態で、例え見知らぬ他人同士であったとしても協力し合うのは絶対的に必要だ。助けてくださいと言われれば手をかすし、出来る範囲内の行動はとる。 だが、酔っぱらいが偶々通りかかった誰かに絡むような、たとえは悪かったが、あまりに場違いなのんびりとした声に直ぐに反応できるほどの聴覚は聞き分けが良くないし、人も良くない。加えてしまえば、青年と括られる人間は多くいる。「誰だよ」と、突っ込みをしたくらいだ。 そのまま三人を探すために進もうとした体はがしっと肩を掴まれた感触で止まり、振り返った先にいた頭一つ分低いアランが僅かに睨みをきかせていたのである。その時点で、対象がだったのだとようやく気付いた訳だ。 「全く、最近の若者はどうしてこう礼節がなってないのか」 ぶつぶつと文句を言うアランに一応謝罪をした。形ばかりだが、あまり気にしていなかったらしい。座れ、と促されて粗方通路を見終えていた手前、遠慮なく彼の隣に腰を降ろした。で、今に至る。説教をされるわけでもなく、唯隣に座って彼の話に受け答えるだけということは、話し相手でも欲しかったのだろう。としては少々困った問題ではあった。 「そういえば青年、君のご家族はどうした?」 唐突な質問に、三人のことをうっすら考えていたせいで間の抜けた顔になってアランを見た。 「君の家族だよ。一緒じゃないのかね?」 「…あぁ…はい」 間を開けた曖昧な返答に何を思ったのか、アランはそうかと答えて神妙な顔になった。家族、というよりも知人全員がいない。確実な予想の範囲内では。 「私の家族は地球にいてな。仕事も一段落ついてきたし、来月辺りに戻る予定だったんだよ。初めは寂しいものだったんだが、今では地球に残してきて正解だったと思ってしまう。勝手なものだがな」 「こうなってしまえば、誰でもそう思いますよ」 アランの仕事が何なのかわからない。けれど、愛する人たちと離れるというのは辛いだろう。それが最愛の人となれば尚更で、きっと帰る日を心待ちにしていたに違いない。後少しの所でとんでもない事態になってしまって、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされてしまったのだ。生き延びられた今も、避難した場所は軍艦だというから安心も出来ない。連絡もとられないのでは不安が溜まる一方になるのは当然だ。沈んでしまっただろうアランの顔を見ずともわかる。 「帰れると良いですね。みんなが」 「…そうだの」 対面する壁をぼんやりと眺め、むやみに感情を込めなかったのが良かったのか、吐き出すように答えてきたアランの調子が僅かに上がったことに小さく安堵した。人の少ないこの通路ではざわめきも少ない。微かに聞こえてくるゴオンゴオンという重い音が、今、この軍艦が動いているのだということを唯一示していた。 *** 一つ一つの説明を聞くのは全く苦じゃない。ようやく情報が手に入ったのだから喜ぶべきだった。 子供達のことは艦内にいるだろうと考え、少しばかり脇に置いた。最悪の可能性は、その時になって考えればいい。船は動いてしまっているのだから。 「ということは、じおんのもびるすーつがさっきのコロニーを強襲したから、隔壁に穴が開いたってことになるんですか」 「そうなる」 こっくりと頷くアランの顔は険しい。からの質問に答える間中その表情は変わらなかったが、それは質問者にたいしてのものではなかった。 「全く!これだから軍隊というのは嫌なんだ。殺し合いしかできん、戦争でしか活躍することが出来ん無能連中がっ!」 眉を逆立て、ふさふさな白髪さえも逆立てんばかりの勢いで毒づくアランの体からはまさしく【殺気】が漂っている。両腕を組んで鼻息荒い様子に、はまぁまぁと背中を叩いて落ち着かせた。 「あまり興奮すると血管切れますよ」 「これが興奮せずにいられるかっ。連中のせいで民間人のわしやお前さんはサイド7を追われたんだぞ!」 「連中って、じおんのことですか?」 「ジオンも連邦もどっちもだ!」 完全に手がつけられない。頭でやかんの水を沸かせるような状態になっているアランだが、言葉は正確に的を射ているから始末に負えなくて、は苦笑でもって答えるしかなかった。 何もわからない、というのを前面に出して色々な質問をアランにしたのは正解だった。彼からすればあまりに基本的な、寧ろ当たり前だろう質問にも嫌な顔一つせず丁寧に答えてくれたことにはとても感謝している。 「お前さん、何の勉強をしてきたんだ。そんなんじゃ世間知らずも良いとこだぞ」 軽いお説教もあったが、追求を受けなかっただけましだろう。現状を把握できれば世情に疎い子供(若者呼ばわりされた時点で彼のに対する目はわかっていた)、と思われていた方が良い。そう、そこまでは良かった。上手く話しも切り上げられそうだと踏んだのだ。が、話しがサイド7になったとき、アランはつい先程迄のことを思い出してしまったのだろう。唯でさえ今起きているらしい【コロニーの独立を狙うジオン公国と地球連邦軍の戦争】の説明で不機嫌な顔になったというのに更に深くなったのだ。 「民間のコロニーにジオンのモビルスーツ部隊が強襲する理由なんぞ一つしかない。連邦軍がサイド7で新兵器の開発をしていたのだよ。移住を推し進めて、外面は未完成のコロニーを装っていたのだから、全くもって腹立たしい限りだ。民間人は軍隊の人身御供じゃないのだぞっ」 「ですけど、だからといって新兵器のためにその、もび、るすーつ、の部隊を送り込んで戦闘をしても良いんですか?」 「良い道理がないっ!だから今回のようなコロニー一つを犠牲にする結果が生まれたのだ。中でライフルまでぶっ放しおって、負傷者も死者も大勢出たろうに…やりきれんよ」 力なく頭を振るアランには、怒りと悔いとそして悲壮感が滲み出ている。だが、黙ったままのと視線をあわせると直ぐに落ち着きを取り戻した声音で続きを始めた。この切り替えの良さは、ある意味素晴らしいと思う。少々ついていくのに苦労がいるのだけれど。 「この戦争の発端が例え連邦政府にあるとしても、民間人を巻き込みコロニーを犠牲にすることなどあってはならんのだよ。勿論、地球に住む者達にもそれは言える」 「サイド7みたいに、ですか?」 「そうさな。あれも然りだ。だが、あれに限ることもない。戦争なんぞ、所詮殺し合いでしかない。大儀など後からついてくる金魚の糞みたいなものだ。それを前面に押し出して戦争に勝つための信念だの、聖戦だのとほざきおるからおかしくなるのだ」 苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる様は、実体験から来ているのだろうか。 開戦から八ヶ月間で多くの命がなくなったという。それこそ途方もない命が軍人・民間人に限らず散っていったのだと、アランはそれ以上の詳細を語ることをしなかった。思い出したくないのかもしれない。憤慨しきったアランの言葉を聞いていたは、、何かを考えるように僅かに俯いた。 「…【信念】ですか…【信念という自己を正当化するに最適な無形物は、人に害をなせど栄養を与えることはない】」 呟いた一言は、アランに伝わったらしい。それまでの饒舌さがぴたりと止まり、まじまじと眺めてきた。 「知人の受け売りです」 「知人?君の?」 「えぇ。まぁ、妙に達観した言葉を使いたがる知人でしたけどね」 曖昧に笑って誤魔化した。アランの説明で既にこの世界は今まで生きて来たの世界とは違うということは痛いほどに理解していた。全く異なる価値観、歴史を辿っているもう一つの世界に、放り込まれたのだ。科学者からすれば、それはそれは羨ましい体験をしているのだろう。しかし、肉付けされた説明の中から導き出された答えは、案外どの世界でも人は変わらないのかもしれないという思いだった。先ほどの一言は皮肉も交じり合っている。まさかこんな所で知人の使うフレーズを借用するとは思ってもみなかったが。 「その知人とは、是非とも会ってみたいものだの」 興味深げな視線を投げられる。に出来るのは苦笑を作ることぐらいだ。 「まぁ、此処にはいない相手のことを言うよりも、今について話しましょうよ」 「なんだ。まだ歴史講義を聞きたいのか?」 「いや、そうじゃなくて…」 この軍艦内のこと、と言おうとしたの言葉は続かなかった。突如二人のいた通路に重なり合ったような悲鳴、じゃなく叫び声が響いたのだ。の背後から発生した声に、何事、と振り返った先に彼等はいた。座り込んでいたのが良かったのだろう。立っていれば確実に数秒見つけるのが遅れていたちんまりとした彼等だった。 next back |