| 閉じられたままの軍艦内では、手に入れることの出来る情報は限られている。それらしいものであればまだ良い。厄介なのは人の口から生まれる有りもしない噂が、明確な【情報】となって耳に入ることだ。人から人へと伝わっていく噂は肉付けされてまるっきり見当違いのものとなる。だからこそ、根拠のない噂は大衆操作に利用されやすい。軍艦内での風聞、特に避難民同士でのそれは九割の確率で切って捨てるか、片目を閉じて聞く。それが出来る限りの防護策だった。 誰かと会う用事がある、というアランと食堂で別れ、は未だ部屋割りが行われずに通路に溢れる避難民達の間をすり抜けていた。口々に語られる話題を耳に入れて流しながら、通路の壁面を確かめるように足を進めていく。聞こえてくるのは、個々人のコロニーでの生活、配給と衛生面での不満やこれからの不安。そして軍人達への悪態など。殆どがそればかりだ。当然、気に留める価値はない。 途中、どこぞに入り込んでしまったせいでその場にいた軍人にきつく注意を受けたとぼやいていた誰かがいたが、ものの二、三秒で記憶の籠から擦り抜けた。 許された通路のみ見て回り、アランとの会話やちびっ子達との再会で歩けなかった区画にも足を向ける。軍服組がいないのは食堂での艦内アラームで既に承知済みだ。としては擦れ違う合間に妙な勘ぐりをするような視線を向けられない分、じっくり見ることが出来て万々歳な環境になっている。 彼等が厳めしい顔をつきあわせて何を話し合っているかなど知る由もないが(寧ろ知りたくもない)、軍艦内の乗員全員を招集するくらいだ。余程の問題でも持ち上がったのだろう。艦内での問題でなければどうでも良いのが本音である。自分の位置を確保するだけでも厄介なのだ。面倒は極力避ける、これに尽きるものはなかった。 十字に別れた通路の左右を見るが、どこもかしこも避難民だらけで途切れる気配がない。どれだけの数が艦内にいるのかと感心するほどだ。 「…しかし、チビ達はどこ駆け回ってんだ?」 フラウの配給を手伝っていた三人の姿がない。通路の端に座って大人しくしているようにも見えなかったから、何処か走り回っているのかもしれないが、どうも違う気がする。あの後、直ぐにアランが席を立ってしまったから流れでも腰を上げ、結局フラウのことをあの軍人から聞き忘れてしまった。先に来ていたならまだしも、まだ戻っていないようなら食堂で待って三人を預かっても良かったのだ。我ながら気が利かないと反省し、後で聞いてみようかと考えながら歩いていたときだった。 「アムロッ!待って!」 聞きいた声が背後から届いて、は足を止めて振り返った。 「あ、?」 脇の通路から出てきたのか、フラウが驚いた顔でを見ている。そして、フラウとの間に立つようにして見知らぬ少年があった。癖っ毛のあるブラウンの髪と、まだ幼い顔立ち。軍服姿で、しかも若い。フラウと同じ年齢だろうかと予想しても、やはり若いという印象はとれない。思わず、場違いを承知で年齢を問い掛けてしまいたくなった。 「フラウ。上に呼び出されたんじゃないの?」 足を止めた少年との視線を外して、は彼の背後にいるフラウに話しかけた。 「え、えぇ。でも、色々あって…」 しどろもどろに答えながら、フラウはちらりと少年を見る。気まずさと非難が篭った何とも複雑な表情だ。それを感じたのか、少年は肩越しにフラウを睨むように一瞥するとまた歩き始めた。の横を通り過ぎようと荒々しく歩を踏んでいる。よっぽど機嫌が悪いらしい。 「アムロッ」 追いかけようとしたフラウを、は咄嗟に止めた。少年の後に続こうとする間にするりと入り、阻んだのだ。 「、退いてっ」 阻まれ、声を荒げて見上げてくる。そんな彼女と顔をあわせて、肩越しに少年を見た。止まらない彼は、既に先へ先へと進んでいる。背中から感じるのは、隠すことを知らない怒りだ。 「!」 「…あ、あー…事情はわからないけど、今は止めた方が良いんじゃないかな」 「どうしてよっ!アムロったらまるで人の話しを聞かないで我が儘ばっかり」 「はいストップストップちょっと待った」 両手をフラウの前に出すと、落ち着かせるために動きを止める。目をあわせること数秒、怒り眉になっていた部分が僅かに落ち着いて、両肩も小さく落ちたのがわかる。そこでようやく、はかざしていた両手を降ろした。 「何があったか知らないけど、フラウが詰め寄ったところで今の彼は何も言わないだろうし、はね除けちゃうよ」 「でもっ」 「沸騰した頭が落ち着くまで、待ってあげなって。一人になりたいんだよ」 もしかしたら逆かも知れないが。 考えながらもは見上げてくるフラウに小さく肩を縮めた。年頃の子供と話しをしたことはあまりないが、何となく、思ったのだ。誰にでも一人になりたいときはある。それがあの少年にとって今なのかはわからないし、もしかしたら全くの逆で、本当は構って欲しいが故の突っぱねだったのかもしれない。ともかく同じく頭が沸いているフラウがいたところで、結果はマイナスに働くだけだ。 「まずはフラウから落ち着いてみようか」 「わたしはっ」 「お互い苛々してるのに、顔あわせたって喧嘩になるだけだよ。角突きあう闘牛たいな感じ?」 その一言で、フラウは黙った。自覚はしていたのか、あわせていた視線も逸らして顔が俯いていってしまう。小さく肩が震え初め、まずい、と後悔したが少々遅かった。 「…わかってる。わかってるのっ。でも、アムロはガンダムに乗らないといけないのに、ブライトさんにあんなこと言って、わたしの言うことも聞いてくれない。それどころか、わたしアムロに怒鳴られて」 がばりと頭を上げて涙目になったフラウが早口に捲し立ててくる。からすれば理解不能な文章だが、両手を挙げて放り投げるわけにもいかず、何とか整理しようと試みた。 アムロ、というらしい先程の少年はがんだむ、というものに乗らないといけないらしい。途中出てきたブライト、というのは彼等の上にあたる誰かだろうか。となるとあの少年はその人物に良からぬことを言ったことなるのか。そしてフラウはそのアムロ少年に不本意にも怒鳴られて、ちょっとしたパニックになった。継続中のその点だけは他の箇所と比べてはっきり理解できた。 「フラウ、大きく息吸ってみよっか」 「え?」 「良いから吸う。口からね」 言葉の止まったフラウを急かして、は大きく息を吸う真似をした。 「ほら、早く」 一旦吐いて、また大きく吸う。すると、フラウも無意識なのかわからないが、驚いた顔で口から息を吸い始めた。ゆっくりと吐き、また吸うと、吸うときよりもゆっくり時間をかけて吐く。それを三度続けていくと、どうにも強ばった肩が落ちたように見えた。 「落ち着いた?」 小さな間を空けてが問う。気の抜けた顔になっていたフラウは、ようやくという感じで頷いた。覚束ないながらも返された反応には笑んだ。 「よし、じゃあ一旦食堂に戻ろうか」 出てからそれほど経っていないのにまた戻るのも何だが、他に座れる場所もない。 「でも」 「彼には仕事がある。フラウにも仕事はある。まずは片付けられる仕事からやった方が効率的、だろ?」 畳みかけるように言うと、抗議しようとしたフラウの口は止まり、逡巡の後にほろ苦さを含んだ笑顔を浮かべた。 「うん。そうする」 「良し、行こ」 少年が歩いていった方向とは反対へと促す。暇を潰すのと、最低限度この艦内を把握しておきたいために通路を歩き回った甲斐があった。あの剣幕は何処にいったのか、疲れたような面持ちになるフラウの肩は少女特有に小さい。気を張らなければ続けていられないのだろう。軍属になって、今までとは違う責任を押しつけられるのだ。それらをこなそうとがむしゃらになるのは構わない。が口を出すようなものでもない。けれど、空回りしすぎするのは彼女にとってあまりよろしくない。真面目な性格故に、悩みは多いはずだ。 ぽんぽんとが背中を叩くと、フラウが小さく顔を上げた。視線が合い、笑顔を浮かべると小さく微笑んでくる。 ともかく落ち着くことが大事なのだと、どちらかといえば自分に言い聞かせつつ、歩調を合わせながら食堂へと歩いていった。 *** 「パイロット?」 避難民が集まって騒がしい食堂ではなく、その奥、厨房の更に奥で二人は話しをしていた。この場を用意してくれたのはいつの間にか戻ってきていたあの軍人で、フラウがに話したいことがあるのだというと快くこの空間を提供してくれたのである。そこかしこが避難民だらけの通路では、まともに話せないと察してくれたのだろう。元は数室ある内の一室となる食料貯蔵庫らしいのだが、物資の搬入も間に合わなかったようで、置かれている食料は少ない。缶詰配給になるのも納得できるほど閑散としていた。 「アムロは、わたしと同じ普通の子だったのに…」 一つしかなかった丸椅子に座らせて、話したいことというのを待っていたら、少しずつフラウは語り始めてくれた。 艦内でと別れてからの経緯と、アムロ。アムロ・レイという先程の少年との関係。スクールでの友達らしく、家が近いこともあってよくよく世話をしていたらしい。 コロニーの事件前も一緒にいたらしく、母と祖父が避難中に無作為の攻撃で死んでしまい、それを見たことで茫然自失だった彼女を奮い立たせたのもアムロだったとか。後から行くという呼びかけで何とか足を動かし、この軍艦にたどり着いたのだと語ってくれた。 しかし、その友人と再会したのがガンダムという兵器の中からの、しかも通信画面越しだったのとなれば、フラウとしてはそれは仰天したことだろう。 「アムロがガンダムに乗るのが嫌だっていう気持ちも、わかるの。でも、今は非常事態で、みんなで頑張らないと生き残れないから、だからブライトさんも厳しく言ってるのに」 ブライト、というのは艦長代行の軍人の名だ。本来の艦長は負傷しながらも艦橋で戦況を把握していたのだが、それも限界がある。傷が深かいこともあって別室で治療を受けているらしい。だが、医療機器も満足に揃わない艦では専門的な治療は難しく、ルナツーという連邦軍の基地に着かないことにはお手上げだと、フラウは肩を落とした。 「でも、そのジオ、ンの追撃は追い払えたんだろ?なら、友達がその物騒な兵器に乗り込む必要もないんじゃない?二人が怒る必要なんてないと思うけど?」 未だ慣れない単語を口にするにはちょっとした突っ掛かりが残る。思考にはきちんと残っていても、口に出すとでは多少差があった。 「違うの…そういうわけじゃないの」 口籠もったフラウからはどう考えても言い淀んでいる雰囲気が伝わってくる。語った以外の何かがあるらしく、視線が彷徨って定まらない。は小さく頭を傾げると、静かに問い掛けた。 「…迷ってるのは、軍に関わることなんだ?」 声は疑問でも、殆ど確認に近かった。ぎくりと、フラウの肩が揺れ、それだけで何があるのかが予測できる。 −なんとかいう基地に逃げてるだけってわけじゃなさそうだ は頬を軽く掻くと、照明のある天井を緩く見上げた。あまり使われていないらしく、汚れも目立っていない。入った時に匂いもないから、きっと新しいのだろう。 「フラウも軍属だもんね。機密に抵触するなら無理には聞かないよ」 「……ごめんなさい」 「何で謝るかな」 小さ笑い、つむじの見える頭に手を置いてぽんと叩く。ゆるりと上げたフラウの顔は、親の様子を窺う子供の顔だ。実際彼女はまだ子供で、アムロ、という少年も子供なのだ。 「思い出すのも辛いこと、話してくれてありがとう」 「…」 「先行くからね。あんまり長居すると俺が睨まれる」 ひらひらと手を振ってはフラウに背中を向けた。厨房を横切る際に礼を言うと、数人が妙な笑みを向けてくる。全て綺麗に無視しながら食堂も後にした。 「全く忙しいことで」 僅かに呆れを滲ませながら呟き、通路を歩いていく。 憶測の範囲内でしかないが、それが当たっていれば船はまた揺れるかもしれない。内容によって艦自体に被害がないままで済むかもしれないけれど、どう転んでも危険度が増すことに変化はなかった。全乗員を集めたのは、避難民に気取られないよう徹底するためも含まれているのだろう。 だが、それらしく考えても全ては仮定で構築されたものでしかない。確証に近いが、明確な証拠がないだけ弱くなる。 −…どっちでも良いんだけどねぇ ともかくアランか、ちびっ子達を見つけた方が良いかもしれない。また歩くことに多少げんなりしつつも、目的の人物達を探すべく歩調を早めた。 その頃、落ち着きを取り戻したフラウは、遅れて出た厨房で待機していた何人かにからかいの言葉を投げられ、真っ赤になっていた。と二人っきりになったことで余計な誤解をもたれてしまったのだ。まるで考えてもいなかったフラウとしては、相手が軍人ということもあって強く反発も出来ず足早に出るしかない。その場に部屋を提供してくれた軍人がいなかったことを小さく恨んだ。 「知りませんっ!」 スクールでは風紀厚生委員の名を轟かせていたフラウ・ボゥが出来た反論はこれだけだったのである。 next back |